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『図書新聞』読書アンケート(2011年下半期)

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書評紙の読書アンケートへの回答です。



  Ⅰ 『週刊読書人』2011年12月16日号、「2011年の収穫アンケート」
           

  ① 山田美妙著/十川信介校訂『いちご姫・蝴蝶』(岩波文庫)
 
   言文一致の創始者の代表的テキストが、丁寧な校訂と注釈、内田魯庵らの同時代評
  付きの文庫版として刊行されたことは特筆に値する。目下の関心で「武蔵野」から読
  み始めたが、どの作の会話表記や描写文も当時はいかに画期的な〈新小説〉であった
  か改めて納得。それにしても、「人ッ」という怒りと不服を表す感動詞など、新鮮な
  驚きを覚えた。


  ② レーモン・クノー著、久保昭博訳『地下鉄のザジ』
            〈レーモン・クノー・コレクション 〉(水声社)
 
   生田耕作の活気ある翻訳で長く読みつがれてきた冒険物語の新訳。相変わらず少女
  ザジを取り巻く登場人物たちの破天荒な逸脱ぶりはユーモアにあふれているが、新訳
  で再読するといかにこの小説が言語的アマルガムの魅力に満ちた実験作か感得できる。
  十五章の文法規範との滑稽な格闘場面など、いわば〈文の抗争〉の見事な訳例と言え
  る。


  ③ フェリペ・アルファウ著、青木純子訳
            『ロコス亭――奇人たちの情景』(創元ライブラリ)。
 
   全面改訳としての文庫版なので、あえて新刊として扱う。「ロコス亭」に集まる変
  人たちの連作風の奇想譚。作中/作外を自在に往還する、生真面目な茶目っ気たっぷ
  りの物語。ナボコフやカルヴィーノ、ボルヘスの試みを先取りした作。拙作『転落譚』
  に対し、複数の人にこの小説の影響の如何を訊ねられたが、私はこの隠れた傑作の存
  在すら知らなかった。




  Ⅱ 『図書新聞』2011年12月24日号 、「11年下半期、読書アンケート」
           

  ① 青柳いづみこ著『グレン・グールド――未来のピアニスト』(筑摩書房)
 
   グールドの場合、演奏は言うまでもなく、著述や発言、生き方、あるいは彼を論じ
  た文章も含め、そのすべてに興趣を呼び起こす希有な存在だ。ここに卓抜な輝きを持
  つ一書が加わった。脇で指の動きの秘密を観察するような身体性にみちた洞察の数々
  を堪能した。冒頭から「あとがき」まで、魅力的なレガート奏法を思わせる語り口で
  一気に読ませる。



  ② 宮田恭子著『ルチア・ジョイスを求めて――ジョイス文学の背景』(みすず書房)

   ジェイムズ・ジョイスの娘ルチアが、統合失調症を病んでいたことはよく知られて
  いる。当然、父娘の相克の激しさは尋常ではなく、またベケットへの痛ましい失恋な
  ど、逸話にも事欠かない。しかし本書の秀逸な点は、ルチアの類い稀な芸術的才能を
  具体的に明らかにし、それがジョイス文学といかに関わりにあるか、粘り強く探求し
  たことである。



  ③ 光田由里著『高松次郎 言葉ともの――日本の現代美術一九六一~七二』(水声社)

   かつて「現代美術」のシーンを更新し続けた高松次郎の六〇年代を中心とする仕事の
  軌跡を追った丹念で刺戟的な評論。もうひとつの六〇年代論としても読めるが、前衛美
  術の先鋭性とは、言葉への挑発であり、ラディカルな批評言語の発現であると改めて考
  察を誘う一書である。ついでながら、この本の装幀の斬新さは一見に値する。