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『図書新聞』読書アンケート(2013年下半期)

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2013年度下半期読書アンケート『図書新聞』12月21日号、
 および『週刊読書人』「2013年度の収穫」です。




  Ⅰ 『図書新聞』2013年12月21日号
           

  ① 『これは小説ではない』デイヴィッド・マークソン著、木原善彦訳(水声社)
 
   今年読んだ小説の中で、読後これほど残影がとりついて離れないものはなかった。
  ルネ・マグリットとフーコーの幻影というわけではない。あくまでも小説的興致によ
  るものだ。ときどき現われる〈作者〉の現況(ある深刻な事態が進行している)を伝
  える片言と古今の人物たちの死を中心としたトリビアルな情報の断章(「ジョン・ミ
  ルトンは痛風で死んだ」)だけが冒頭から最後まで続く。「傑作」というなれなれし
  い言い方は似合わない。しかしまぎれもなく、これは小説である。


  ② 『フィクションの中の記憶喪失』小田中章浩著(世界思想社)
 
   まことにユニークな考察の視点を持つフィクション論である。十九世紀から現代ま
  で、小説や映画、演劇、漫画、さらにはゲームの中で、記憶喪失という現象がどのよ
  うに表象されてきたか、その歴史的展開を丹念に追跡している。かつて自作(『転落
  譚』)でこのテーマを描いたことを想起しつつ、記憶の氾濫という事態(実は喪失と
  同じなのだ)に苦しむボルヘスの「記憶の人、フネス」の場合は、どう捉え得るのか
  とさまざまに思考が刺戟された。


  ③ 『アンリ・ルソーから始まる――素朴派とアウトサイダーズの世界』
                               (世田谷美術館)
 
   美術館刊行の選集の一冊とはいえ、展覧会カタログといういつにない選択となった。
  しかし書物という形式においても今期の貴重な収穫となったので取り上げておきたい。
  この美術館はかねてより「素朴派」の収集で知られるが、アンリ・ルソーを基点にし
  て、「素朴」というコンセプトがいかに広く深々と美術の流れをつくっているか、行
  き届いた解説とともに教えてくれる。いわゆる日曜画家たち、専門の美術教育を受け
  ないまま晩年に画家となった者たち、精神病院の画家たちなどの魅力的な画業の系列
  は、ひとつのテーマの系譜論として豊かな展開力を示すもので、ジャンルをこえた発
  想のヒントとなった。




  
  Ⅱ 2013年『読書人』アンケート
           

  中村邦生(作家)
   慌しい読書習慣のせいで、大事に思っていた本であるにもかかわらず、うっかりアンケート
    から落としてしまうことがあり、よく悔んだりするのだが(昨年は杉田英明『アラビアン・
    ナイトと日本人』だった)、今回断じて書き落としてならない一書は何よりもまず①だ。


  ① 『『ガリヴァー旅行記』徹底注釈』
           本文篇・スウィフト/富山太佳夫訳
           注釈篇・原田範行/服部典之/武田将明(岩波書店)
 
   テキストの重層性をこれほど明らかにした「徹底注釈」した本はない。タイトルペ
  ージや口絵などのフロント・マターの注だけで50頁ほどある。私自身の目下の関心
  である語りと人称の融合と混淆(フウイヌム国渡航記)に限っても多くの示唆を得た。



  ② 『大いなる酒宴』ルネ・ドマール著、谷口亜沙子訳(風濤社)

   あのシュールで寓意的な未完の登山小説『類推の山』(河出文庫)と対をなす小説
  の登場は嬉しい驚きだった。酩酊状態と明晰な思弁の交錯が、それ自体「夢の喜劇」
  を演じているような言葉の面白さもさることながら、訳者によるドマールと中島敦と
  の類縁性の指摘は興味深いものがあった。



  ③ 『村上春樹 読める比喩事典』芳川泰久・西脇雅彦著(ミネルヴァ書房)

   正直言って、私は初期作品から村上春樹の比喩表現が実に苦手だ。しかしそれは「
  日本の小説言語との闘いの痕跡なのだ」という。この問題提起はともかくとして、単
  に「比喩表現」を分類し用例を羅列した「事典」ではなく、本書の「比喩と小説の冒
  険」を焦点化した批評の方法そのものに魅力を覚えた。